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宗円寺ご案内
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宗円寺内ご案内

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本堂

本堂正面
↑本堂正面


↑阿弥陀三尊仏

当山は真宝山慶西院(しんぽうざんけいさいいん )と号す。
浄土宗大本山鎌倉光明寺の末寺の一つ。
開創、享録元年(1528年)で臼井惣左ヱ門により起立。
後、天文十六年(1547年)に光明寺第十五代住職であった
天達義順上人が迎えられ初代住職となった。

↑善尊大師

↑法然上人

↑透かし彫り

↑慈覚大師作・大聖不動明王

↑制多迦童子

↑矜迦羅童子

両面地蔵尊

←両面地蔵尊

失明した武将が刻んだ両面地蔵
奥州後3年の役において英雄の鎌倉権五朗
景政も人間の極限の哀しみを神仏に託しては自らを慰め世の中の盲人を救うために、来世の光明を願って一念発起、盲目の身にもめげず両面地蔵を手探りで彫り上げたと伝えられ、眼病平癒の対象とされている。

角柱尖頭形の庚申塔
←角住尖頭形の庚申塔

「図録横須賀の文化財」に紹介されている。
延宝元年(1673)に建立された。
その根が地獄に続いているといわれこの碑を信仰すると、足腰の病気に功徳効験があると信仰されている。
大黒屋と臼井大翼の墓


←大黒屋と臼井大翼の墓(80畳敷)

「仁興院徳譽尚道義善大居士」
大黒屋儀兵衛は、弘化4年12月19日(1847)久比里の五兵衛様に生まれ、彼は生まれながらにして商才に秀で、小まめに働いて家業を興し、ついには浦賀の豪商といわれ屋号を「大黒屋」とした。
大黒屋の子孫で歌人、歌誌「覇王樹」の主宰臼井大翼の顕影碑もある。

伏見稲荷

↑伏見稲荷鳥居

↑お稲荷様

大イチョウの木と茶庭

↑大イチョウの木

↑苔の庭

↑茶庭

↑茶庭

真宝山 慶西院 宗円寺
右上にはお釈迦様の母マーヤ夫人が飛来しています。
沙羅双樹の右四本は悲しみを表しているのか茶色に枯れている表現をされています
お参りの皆様の目で確かめてはいかがでしょうか?

真宝山 慶西院 宗円寺

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